「空き家」は誰の問題?

近頃よく耳にする「空き家」問題について。

「空き家」=誰も住んでいない家 の何が問題なのか?

私は、誰も住んでいない状態の家が問題なのではなく、家族のあり方が問題なのだと思っています。別の言い方をすると、子どもの育て方、もっと古臭い言い方をすると家系の継ぎ方・・・

なーんて言っても、良くできた嫁でも何でもない私が、、、何も言えね〜!!

まともに子どもを育てることも出来てないしぃ。

 

ご縁あって、京都市東山区の六原まちづくり委員会さんに空き家への取り組みを視察させて頂きました。

こちらのまちづくりが素晴らしいのは、そこに住む地域の方々が自分たちで自分たちの地域を未来に存続させようと意識を持って活動していること!

人に言われてやるんじゃない、自分たちが望む姿を目標に、そこに向かって学識者、専門家、消防団員、市役所職員、民生児童委員、大学生たちが手を組んでいく。見習いどころ満載の充実した時間でした。

 

清水寺、五重塔、、、観光名所オンパレードで朝9時から観光客がそこらじゅう歩いているまち。羨ましい限りのこの地にも空き家は全国平均を上回るほど存在している。不思議な感じだった。

表通りから一歩踏み入ると、そこに暮らす方々の日々の生活が溢れていた。

六原学区 路地空間2

こんな趣のある路地空間がまちの大半を占めるという。

この先にあるものは、一件の個人宅だけではない。まちが続いていく。

通り抜けができない路を「路地」と呼び、通り抜けられるものを「小路」と呼んで地元の方達は区別している。

 

六原学区 路地空間1

ここで学んだのは、「空き家」は個人の問題ではなく、まちの問題であるということ。空き家が増えていくということは、そこでの暮らし、自治が成り立たなくなっていく、つまりはまちの崩壊へと繋がってしまうのだということ。

 

市単位で調査した結果、人口が減少傾向ではないことにタカをくくっていてはいけない。小学校区などの自治単位で見なければ本当の地域が抱えている問題は見えてこない。

田園風景が削られ住宅建設ラッシュなわが町を目の前にしながら、隣の町の空き家問題を考えているとすごく矛盾を感じずにはいられない。

新しい家が田畑を埋めていくならば、使わなくなった家は田畑にかえっていくのか・・・そんな単純なもんでもないしね。

 

次の世代にまちを繋げていくには避けられない大きな問題 「空き家」。

大きすぎる問題だからこそいろいろな人たちがいろいろな立場で関わり、それぞれが共通の望む未来へ向かって、ピラミッド型でない横櫛の関係を築いていくことが必須だと、今回の視察を経て感じました。

 

 

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